2020年9月30日 (水)

入間川のヒガンバナ

毎年、この時期にヒガンバナを見に行く埼玉県日高市の巾着田は三密予防のため花が咲く前に刈り取ってしまったという。
代わりにどこかないかと思って入間川の河川敷を思い出した。
西武線稲荷山公園駅で降りて稲荷山公園に入る。この公園は入間基地が米軍基地だったころの軍人住宅地だった。
その頃の住宅前の階段が残っている。
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公園の北側にヒガンバナの群生があった。
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公園から歩いて入間川に出る。幼稚園の園児がお散歩で来ていた。河川敷には釣り人や運動広場がある。
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黒須市民運動広場と入間川の間の河川敷にヒガンバナがいっぱい咲いている。球根が出ていても花が咲いていた。
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この先の黒須さくら広場はヒガンバナを植えて春は桜、秋はヒガンバナが楽しめるようにしている。まだこちらは花がまばらで、群生するにはもう少しかかりそうだ。
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歩いていたらこんな昆虫とも遭遇した。
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仏子の集落にアミーゴという施設がある。昔の織物、染色工場の跡地が再利用でアトリエと集会場になっている。
今はコロナの影響で休館しているが事務所ではマスクを販売していた。
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仏子駅に着いた。駅にふれあいさんぽ道がごろあわせで紹介されている地図があった。
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巾着田とは規模が違うが季節のヒガンバナを楽しむことができた。
この地域では入間川の河川敷は色んな施設として利用されている。
入間は昔から小呂物の街としても有名で今回のアミーゴには古い織機などもあるが今回は見学できなかった。
また機会を見てあるいてみよう。

2020年9月28日 (月)

江の島道

東海道の藤沢宿から分岐する江の島道(えのしまみち)を歩いてみた。駅にある観光案内所で地図を貰った。
藤沢駅から藤沢宿のほうに行くと江の島道の道標がある。ここは鎌倉への道と江の島への道の分岐になっている。
近くに庚申堂があり道祖神なども並んでいる。
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この通りは東海道の遊行寺への参道になり古道らしい雰囲気がある。
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JR東海道線を地下道でくぐる。反対側には小田急デパートがありこの2階から江ノ電が出ている。
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江ノ電石上駅、近くにある石上神社。海に近く何度も流されてようやくここに落ち着いたという。
沿道には古い地蔵や石碑がある。
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境川またの名を片瀬川という。この川が台風などで洪水になったり高波が遡って昔は大変だったようだ。
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岩屋不動や神社・寺院が多い。泉蔵寺、諏訪神社、蜜蔵寺、本蓮時
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電柱の海抜の数字が気になる。地震が来ないようにと祈る。湘南モノレール湘南江の島駅。
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滝口寺、日蓮上人が鎌倉幕府に捕らえられた法難の地として有名。ここには鎌倉時代には刑場があったという。
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江ノ電江ノ島駅。片瀬洲鼻通り。休日で密集状態だ。
江ノ島。江の島弁天橋も密集で江の島に上陸するのはあきらめた。
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片瀬橋から江の島の写真を撮って、小田急片瀬江ノ島駅から電車に乗る。
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休日、少し遅めに家を出て江の島道を歩いた。昔からの道を歩いている人も多く何度も同じ人と出会った。
江の島の周囲はもう観光地の混雑で食べ物屋は長い待ち行列ができていた。
コンビニで弁当を買って砂浜で食べるのもいいが、ギャングのトンビに気をつけないと食べ物をさらわれる。
久しぶりに人ごみに出てみた。

2020年9月25日 (金)

たまリバー50キロ 羽村から拝島

羽村から羽田まで多摩川の堤防に沿って歩行者・自転車道が整備されている。
たまリバー50キロと名付けられている。羽村の堰、先日撤去されていた木組みが組まれていた。
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羽村大橋は河口から53.4キロ地点になる。道路は舗装されていて自転車には快適だろう。
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左岸、右岸は上流から下流に向かって言うようだ。この標識が歩いていて目安になる。沿道にはテニスコートやサッカー場もある。
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ベンチがある広場もところどころにあって休憩できる。赤とんぼが一杯飛んでいたが何とか写っていた。
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福生かに坂公園があり市民プールもあるが今年は休園していたようだ。
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51キロ地点は多摩橋、多摩川中央公園にはBBQの設備が並んでいた。
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JR五日市線の鉄橋。福生団地そばの桜並木、春は花見で賑わったのかな。コロナでどうだったんだろう。
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睦橋。ここには砂利軌道路があったらしい。
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真福寺。千手院。千手院の前に多摩自慢の造り酒屋石川酒造がある。
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石川酒造。多摩自慢の酒で有名。長屋門などは都の有形文化財に指定されている。
中にレストランもある。地ビールも昔から作っているので売店で買ってのどを潤した。
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身代わり不動の前を通って拝島駅に行った。
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たまリバー50キロのコースを羽村から5キロほど歩いた。公園などが整備されていて歩いても良いコースだ。
しかし街道筋ではないのでコンビニなどが無いのがちょっとつらい。今回は福生団地のスーパーで補給した。
この後この続きをしばらく歩いてみようかと思っている。

2020年9月23日 (水)

羽村動物園・横田・福生

羽村市に動物園があるが行ったことが無いので行って見た。
JR青梅線の羽村駅から歩いて20分ほどで動物園に着いた。休日と言う事もあり長い列ができていた。
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入園料は一般が400円、60歳から74歳が150円、75歳以上は無料になっている。
入ってすぐのところから動物がいる。キリンやサル山の周囲は人気がある。
ペンギンは餌をもらっていた。小さな動物園にしては種類が多い。
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センターに広場があってボロボロの蒸気機関車もある。
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上を飛行機が何度も飛んでいる。
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そういえば横田基地が近くだと思って行く。国道の向こう側が横田基地の滑走路になっている。
国道16号線の歩道に望遠レンズのカメラを持っている人が何人もいる。飛行機の写真を狙っているようだ。
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横田基地のゲートから国道沿いは別世界のようでアメリカがうつってきたようだ。
国道からちょっと入ると米軍関係者が住んでいた住宅がところどころ残っている。
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福生市の図書館に郷土資料室がある。庭に彼岸花が咲いていた。
牛浜駅に出た。
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動物園という平和から米軍基地。ちょっと変わった取り合わせの歩きになった。
動物園も基地前の飲食店も休日で密状態だった。

2020年9月21日 (月)

青梅から小作

青梅から多摩川に沿って歩いた。
歩いていたら井戸に電動ポンプがついているのを見た。昔は実家でもこうやって井戸水を使っていた。
調布橋に着く。この橋は3代目だという歴代の姿を示すプレートがついていた。
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橋のたもとに雪おんなの碑があった。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の怪談の雪おんなは青梅の昔話にヒントを得たという。
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歩くと街中に神社や寺院がある。鹿島玉川神社、玉泉寺。玉泉寺には気になる言葉が飾ってあった。
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新奥多摩橋を渡る。
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千箇瀬神社、林泉寺、春日神社、東圓寺。
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多摩川の崖線の急な階段を登ると下に流れが見える。
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青梅市総合体育館に出た。今は流行りのスポンサーがついて住友金属鉱山アリーナ青梅というらしい。
この建物の前に青梅マラソンのゴールがあって歴代の優勝者ネームプレートが貼ってある。今年の分もあった。
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圏央道が見えてくると小作駅に近い。
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青梅から小作まで多摩川に沿って歩いた。多摩川の流れのそばには寄れないがところどころで流れが見えた。
先日、羽村から小作まで歩いたので歩きのコースがつながった。
青梅マラソンのゴールや古い寺院、神社も巡れてまた新しい頭の引き出しが増えた。

2020年9月18日 (金)

(続の続き)青梅の街をぶらり

青梅駅に戻って駅の後ろの丘陵地に向かった。
青梅丘陵ハイキングコースが青梅のひとつ先の宮ノ平駅から東青梅まで設定されている。
駅に近いスナックの前に懐かしい写真が貼られていた。
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山道になったところを歩いていく。庖瘡神という祠があった。通りかかった人に教えられたが種痘を記念して建てられた祠だそうだ。
通りかかった人は上にある神社の清掃に行った帰りだという。奉仕活動、すごいなあ。
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山頂の金比羅宮に着いた。境内に12方向の山とそこまでの距離が彫ってある。富士山まで150里と言われてもピンとこない。
ここからハイキングコースを歩く。
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青梅鉄道公園がある。70歳以上は入場無料だったが屋内は閉鎖で屋外の展示を見るだけだ。
蒸気機関車や電気機関車があり、ゼロ系新幹線もあった。さすがにD51は貫禄がある。
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北向き地蔵を抜けて旧青梅街道に出る。
青梅線の踏切の先にお寺がある。鎌倉のお寺のようだ。乗願寺、宗徳寺。電車から見えて興味があったので行って見る。
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宗徳寺の隣にある西分神社、玉垣に和歌が刻まれている。玉垣に檀家の名前があるのはよく見るが和歌は初めてだ。
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市内には以前は映画の手書き看板が一杯あったが、書いていた板観さんが亡くなってからほとんど無くなってしまった。
代わりに猫をもじった看板が多く見られる。映画の題名は推測してもらおう。でも絵の雰囲気が・・・。
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青梅駅に戻ってようやく見つけたそば屋。でも入らず駅前のモスバーガーでランチにした。
もう一度板観さんが書いた駅にある映画看板をじっくり鑑賞した。
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青梅の街は江戸時代から明治、昭和初期まで奥多摩の入り口で賑わっていた。
木材が輸入材になって林業が衰退し街も活性が失われた。
観光資源も檜原村のような秘境ではないのであまり人気が無さそうだ。
映画看板の街として一時有名になったがその看板も見られない。赤塚不二夫の記念館も廃止された。
でも文化人が移り住み始めたというから、これから文化村となっていくかもしれない。

2020年9月16日 (水)

(続)青梅の街をぶらり

釜の淵公園から再開。
柳渕橋を渡って公園に入る。公園の中にかんぽの宿が建っている。海から61キロの標識があった。
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この川は水泳場になっているので泳いでいる若者もいた。水の流れが結構早いので泳ぎに自信が無いと無理です。
かんぽの宿の玄関。かんぽの宿は日本郵政グループが運営している観光ホテルで日帰り利用もできるようだ。
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公園の中に旧宮崎家住宅、青梅市郷土博物館がある。
博物館では北条氏時代の鎧や江戸時代の石灰石の採掘、いかだ流しの資料が展示されていた。
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鮎見橋を渡る。宗建寺、延命寺。どちらも多摩七福神のある寺。
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市の施設である津雲邸は青梅出身の政治家の旧住宅、コロナで休館になっていた。住吉神社は大きな神社だ。
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市内には古い建屋の商店や建屋を利用した施設がある。赤塚不二夫会館は廃止されている。
祭りの法被や足袋などを専門に扱っている店がある。バス停にバスストップの映画看板、さすがだ。
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いったん青梅駅に戻る。閉店の張り紙やテナント募集の貼紙、棚が空っぽで埃が積もっているパン屋など淋しい光景がある。
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釜の淵公園ではBBQを楽しんだり水に入っている人もいて平日でも賑わっていた。
駅前は空いた店舗や閉店の貼紙、活気がない。江戸時代から昭和の繁栄が昔話になっているようだ。

2020年9月14日 (月)

青梅の街をぶらり

青梅市は古くからの街で文化遺産も多い。街の中を歩こうと言ってみた。
駅に着くと青梅特快がグリーン車を連結する予定に合わせて新しいホームが作られていた。
地下道に板観さんが描いた映画ポスターが残っている。
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駅裏の七兵衛地蔵尊、足の速かった七兵衛さんにちなんだ地蔵。梅岩寺は枝垂れ桜で有名だそうだ。
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青梅の街には古い建物が多い。まだ現役で商売をやっている商店と蔵店。
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旧青梅街道に面して旧稲葉家の東京都指定文化財になっている建物が公開されていた。
材木問屋をやり町年寄りをやっていたそうだ。贅沢に木材が使われており太い梁や大黒柱が使われている。蔵も3階建てになっている。
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八王子代官所の森下陣屋跡があった熊野神社。近くに長い白壁の塀が建っていた。
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白壁の塀の中は金剛寺という寺院で境内に青梅の名前の元になった青梅の木がある。熟しても青いままの梅だそうだ。
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清宝院。保定寺。グランドの脇に庚申塔が建っていた。こういうのも古い街を表わしている。
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釜の淵公園に行く。
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釜の淵公園から青梅駅に戻る様子は次回。下を流れているのは多摩川。
青梅の街は江戸時代材木や養蚕で繁盛していたそうで寺院や神社が多く残っている。
今は古い建物も残っていて雰囲気はあるが活気は少ない。

2020年9月11日 (金)

玉川上水 羽村から拝島

羽村駅の北口に出る。近くに五ノ神社があり、境内にまいまいず井戸がある。
まいまいず井戸は井戸掘り技術が無かったころのものだが、昭和35年に上水道が普及するまで実際に使われていたという。
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羽村の堰に行ったら3か所の堰の2か所が開放されていた。台風に備えているのかもしれない。
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玉川上水に沿った遊歩道を歩く。歴史遺産なので大事にしようという呼びかけの看板がある。
水道用地の石柱があり、ところどころ公園になってベンチなどおかれている。
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公園の中に竹筒がある。ここから覗いて富士山が見えたら幸せを願って鐘を鳴らすようにと書いてある。今回は雲しか見えない。
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玉川上水は何度かコースを変えているところがある。奥多摩街道とぶつかった。
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長徳禅寺という寺院がありその前が嘉泉の蔵元、田村酒造になっている。玉川上水側にも門がある。昔は船で酒を運んだのかな。
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歩いていると洒落たお休みどころや蛍の飼育公園がある。
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水喰土公園に出た。ここには水を吸収する地層があって玉川上水を掘りなおした堀跡がある。
玉川上水の上を五日市線が通っている。
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拝島の駅に出た。南口が長く改修工事をやっていたが終わって広いバスターミナルが出来ていた。
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羽村の堰から拝島まで玉川上水に沿って歩いてみた。以前も歩いたが暑いこの時期は上水委の脇を歩くのに水が必要だった。
去年の台風から水が白く濁っているが、こういう時は江戸時代には飲料水として使っていたのかと心配に思った。

2020年9月 9日 (水)

羽村から福生

羽村から多摩川を下流に歩いて福生に出た。
羽村の堰の近くに川崎の渡し跡と言う渡し場跡があった。
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羽村堰下橋を渡って羽村市郷土博物館に行く。
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中に江戸時代の堰と大正時代の堰のレプリカがあった。実物大で巨大さが実感できる。
江戸時代のものはピンボケになっていて紹介できません。ごめんなさい。
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庭には移設された赤門と言われている中里介山邸の門や旧下田家の民家、長屋門などもある。
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多摩川の河原に出る。飛行機が飛んできた。オスプレイだ。横田か入間から飛んできたようだ。
河原には人と鳥が競っているのか、漁をする姿があった。
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羽村大橋の先に古い人神社があり、河原は生態系保持空間となっているがイノシシ注意の看板もある。
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永田橋を渡る。ここにも漁師がいる。
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玉川上水を渡り、福生駅に出た。
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福生には嘉泉と言う造り酒屋がある。立ち寄ろうかと思ったが暑くてやめた。次の機会に行って見よう。
小作へのコースとは違って福生へのコースはちょっと平凡だった。それでも河川敷の林は凄い。密集度が違う。

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